退屈できない子どもたち。

子どもの頃、遠い学校に通い、プール通いに明け暮れてそれなりに忙しく過ごしていました。

 

が、すごく退屈する時間もあった。

夏休みなど、永遠にこの何もない時間が続く錯覚ができるほど。

 

しかし。

我が子たちを見てると、退屈を知らない。

 

テレビは簡単に録画できるし、スマホも触れるし、いつでも見たい動画は見たいタイミングで観られる。

 

何かに時間を合わせるのではなく、自分仕様に時間をオーガナイズできる。

それはそれで素晴らしい時代ですが、たまぁに外食する時に待つ間、聞いてくるのです。

 

この時間、何してればいい?と。

 

え?お話しようよ、雑談楽しいよと促すのですが、明らかに(えぇ?そんな退屈ムリ)と言いたげな顔をしています。

 

今日はあのテレビ番組の日だ!と、録画もなく一度きりしか見られない高揚とか、そのために待つとか、今の子達には無縁だな、、、、。

 

退屈ってなんて素敵な、自己と対峙できる余白時間だったんだろうとオトナになって振り返りますが、今の子なりに自己対峙はするはずで、それが何によって為されるのか、しばし観察してみます。