『失われた20年』
のんびりと時間が流れる昼下がりのアナウンス室。
榎並がソファーに腰かけ、ポロポロと欠片を落としながらクッキーを食べている。
と、そこに、加藤綾子がやってくる。
加藤 「もぉー、もっときれいに食べなよね。はい、紅茶。」

榎並 「うわっびっくりしたぁ!な、なに企んでんの!?」
思わずのけぞる榎並。
加藤 「うーわっ、感じ悪い。要らないなら私が飲むからいいよーだっ。」
榎並 「ゴ、ゴメンゴメン!しかし珍しいこともあるもんだ・・・ありがとう。」
加藤 「まったく。。これでも私、昔は『おりこうあーちゃん』って言われてたんだから。」
榎並 「おりこうあーちゃんねぇ。自分で言ってただけじゃないの〜。」
そんなやりとりがあり、紅茶を口に含んだ瞬間―
榎並は、体中の血液が逆流するような感覚に襲われる。
榎並 「(おりこう・・・あーちゃん・・・?)」
何故かそのフレーズに異様なまでの懐かしさを感じる榎並。
榎並 「なあ、加藤。」
加藤 「ん?どうしたの神妙な顔しちゃって。」
榎並 「富士公園って知ってる?」
加藤 「んー、聞いた事あるような・・・どんなとこ?」
榎並 「えっと、確か手前にシーソーがあって、ブランコが左奥で、右奥の砂場の形が・・・」
加藤 「三角形。」
間髪いれず答える加藤。笑顔が消え、何かに気づいたような表情を浮かべている。
榎並は確信した。
榎並 「(・・・間違いない。俺の目の前にいるのは、あーちゃんだ・・・。)」
時は20年前にさかのぼる。
幼少時代、榎並には結婚の約束をした“幼なじみ”がいた。いわゆる許嫁(いいなずけ)だ。
自分のことを褒めたがる癖のある少女で、榎並は彼女を「あーちゃん」と呼んでいた。
一方、少女は榎並のことを「だいだい」と呼んでいた。
当時、許嫁の意味を理解できていなかった二人だが、特別な関係であることは察していた。
そして、「ずっと一緒にいよう」という願いを込めて、「誓いのサイン」なるものを考え付いた。
人差し指をたてて口元に持っていき、互いの名前を呼び合い、ウィンクをするというもの。
二人は毎日のように富士公園で遊び、帰り際に誓いのサインを交わしていた。
しかし、幸せな時間は突如として凍りついてしまう。
両家の間で「バナナは遠足のおやつに含まれるか」について意見が対立し、
価値観の違いから許婚の話は破談となってしまう。
そうして加藤家は引越していき、20年。
榎並は幼馴染のことなどすっかり忘れていたまま、今この場に至るのだ。
榎並 「・・・あーちゃん。」
胸の鼓動がどんどん速くなるのを感じる榎並。
榎並 「誓いのサイン、やってくれ!」
ついに、失われた20年を取り戻す時が来た。
加藤 「・・・だい・・・」

つづく
のんびりと時間が流れる昼下がりのアナウンス室。
榎並がソファーに腰かけ、ポロポロと欠片を落としながらクッキーを食べている。
と、そこに、加藤綾子がやってくる。
加藤 「もぉー、もっときれいに食べなよね。はい、紅茶。」

榎並 「うわっびっくりしたぁ!な、なに企んでんの!?」
思わずのけぞる榎並。
加藤 「うーわっ、感じ悪い。要らないなら私が飲むからいいよーだっ。」
榎並 「ゴ、ゴメンゴメン!しかし珍しいこともあるもんだ・・・ありがとう。」
加藤 「まったく。。これでも私、昔は『おりこうあーちゃん』って言われてたんだから。」
榎並 「おりこうあーちゃんねぇ。自分で言ってただけじゃないの〜。」
そんなやりとりがあり、紅茶を口に含んだ瞬間―
榎並は、体中の血液が逆流するような感覚に襲われる。
榎並 「(おりこう・・・あーちゃん・・・?)」
何故かそのフレーズに異様なまでの懐かしさを感じる榎並。
榎並 「なあ、加藤。」
加藤 「ん?どうしたの神妙な顔しちゃって。」
榎並 「富士公園って知ってる?」
加藤 「んー、聞いた事あるような・・・どんなとこ?」
榎並 「えっと、確か手前にシーソーがあって、ブランコが左奥で、右奥の砂場の形が・・・」
加藤 「三角形。」
間髪いれず答える加藤。笑顔が消え、何かに気づいたような表情を浮かべている。
榎並は確信した。
榎並 「(・・・間違いない。俺の目の前にいるのは、あーちゃんだ・・・。)」
時は20年前にさかのぼる。
幼少時代、榎並には結婚の約束をした“幼なじみ”がいた。いわゆる許嫁(いいなずけ)だ。
自分のことを褒めたがる癖のある少女で、榎並は彼女を「あーちゃん」と呼んでいた。
一方、少女は榎並のことを「だいだい」と呼んでいた。
当時、許嫁の意味を理解できていなかった二人だが、特別な関係であることは察していた。
そして、「ずっと一緒にいよう」という願いを込めて、「誓いのサイン」なるものを考え付いた。
人差し指をたてて口元に持っていき、互いの名前を呼び合い、ウィンクをするというもの。
二人は毎日のように富士公園で遊び、帰り際に誓いのサインを交わしていた。
しかし、幸せな時間は突如として凍りついてしまう。
両家の間で「バナナは遠足のおやつに含まれるか」について意見が対立し、
価値観の違いから許婚の話は破談となってしまう。
そうして加藤家は引越していき、20年。
榎並は幼馴染のことなどすっかり忘れていたまま、今この場に至るのだ。
榎並 「・・・あーちゃん。」
胸の鼓動がどんどん速くなるのを感じる榎並。
榎並 「誓いのサイン、やってくれ!」
ついに、失われた20年を取り戻す時が来た。
加藤 「・・・だい・・・」

つづく