「優しさの意味・4」

「自分の時間が欲しかった」と、子供2人を置き去りにして殺した母親。第一報を見聞きした時よりも、詳細が分かる程に、胸が苦しくなる。「3歳の子だったら何でも分かるよ。怖かったろうなぁ〜」と隣でパパが顔をしかめる。その言葉に、子供達の最期の環境がリアルに想像され、頭がぎゅーっと締め付けられた。

行政の管理体制への批判など、色々と問題提起がされる。長妻厚生労働大臣も「二度と起こさないために」と言及した。そう祈りたい。だって、擁護したくはないけれど、当然愛されるべき親から見放された子供と同じくらい、当然愛するべき子供を愛せなかった23歳の母親の不幸を想ってしまう。

若いお母さんでも、立派に子育てしている人はたくさんいる。ただ、彼女だけが特異な母親だと切り捨てるのも違う。
私だって、育児の閉塞感から逃げ出したくなる気持ちには、何度も襲われた。

今回の事件で、同じマンションに住む女性が虐待に気付きながら、「助けてあげられなかった」と涙を流していた。このニュースで多くの人が共有したこういう気持ち、忘れたくない。


久々にメールをくれた、フジテレビのママ友(大先輩♪)。入院中のことを書いた私のblogを読んでくれたらしい。こんな文面が嬉しかった。

『どの親も、自分が精一杯出来ることで子供の幸せと将来を考えている。生まれてくれたことに感謝する原点に立ち返り、なんとか夏を乗り切るつもり。』

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ポコの入院中、病院のプレイルームで、障害を持った3歳の女の子に会った。
まだ座れず上手く飲み込めない彼女の食事の介助は、横抱きにして口にスプーンを運んでやる必要があった。

初めて会った時、介助はお父さんがしていた。笑顔でたくさん女の子に話し掛けている。と、そのうち、

「お〜ぉぃ。頼むよ〜ぉ。パパはママみたいにスパルタは出来ないんだよ〜ぉ。」
と、懇願するような声がして私は思わず振り向いた。

女の子は、眠ってしまっていた。手術後ようやく食事が始まったこの日、2口食べた!と思ったら眠ってしまった、とお父さんは話してくれた。
話を聞いていて、あまりにお父さんが一生懸命で、私はつい笑ってしまった。

次の日は、お母さんが介助をしていた。すぐ隣でポコにご飯を食べさせていた私は、前の日のお父さんの様子を話すため、声をかけた。すると、

「主人は、この子にメロメロなんですよ〜。私は、もっとこう言うことが出来るようになれば、って欲をかいちゃうんですけど、主人は、今のままで十分可愛いって。」

なかなか授からない中、授かった娘だったこと。普通の子とは違うということを、生まれた瞬間から旦那様が誰よりも受け入れてくれたこと。遅くても、確実に我が子の成長を感じていること。
子育ての話をするお母さんの顔は、本当に幸せそうだった。

そこからはお互いに色んな話をした。怪獣やポコの話もした。横にいるポコの反応を見て「1歳過ぎるとそんな事が出来るんだ〜」とお母さんは笑ってくれた。
私も、その女の子がボールで遊びながらまた眠ってしまったのを見て、「可愛い〜」と言った。本心だったし、それはお母さんにも伝わっていた。

受け入れる力は、すべてを包み込む。親の力は無限大だ。心からそう思った。

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一生懸命に生きている子供達と、一生懸命に育児をしているママやパパや家族が、少しでも笑顔になれますように。
病院で会ったみんなが、1日も早く、お家に帰れますように。