怒りのあとの後ろめたさ。

今朝、息子を叱りました。

いや、怒鳴りました。

わたしは土日勤務で
夫も再び出張で不在。

子どもたちにとって土日は休み。

少しでも遊びに連れていってあげたい、わたしも一緒に遊びたい、
その想いで、

朝、ついつい時間を急かしてしまうんですね。

しかも出かけるには、

習いごとの宿題をやっちゃってから、いこー!

ともあわせて言うわけです。



先にやることやりなさい、と
親からあまり言われた記憶もないですが、
やるべきことも、
1番後回しにしてきた子ども時代のわたしです。
帳尻だけあわせてきたような。笑


子どもは、親の都合にあわせて動くわけもありません。


こうやって書くと冷静になりますね。


頭では、わかっているんです。

子どもには子どものペースもあるし、
細かくガミガミもいいたくない。


きっかけは、いつも任せます。


時計がどこまできたら始める?

よし、早く終わってたくさん遊ぼう、

とね。

あれ?時計みてごらん?

あら、あまり時間なくなってきたけど?

だんだんじりじりして、

いかん、怒りたくない、

冷静になろう。

その場を離れてみたり。


しかし、

プツンとそれが切れて、

なにやってんの!と怒り始めると、
うわっと、さらに二言、三言、

感情を投げつけて。


あーあー。


振り返ると、
怒ってるときって、
なんでわかってくれないんだろう、という想いと背中合わせなんですよね。
泣きたくなるような。

宿題も大事には違いないけど、
それが終わって、一緒に遊びたいと思ってるんだ。

走り回ったり、

ヘラヘラ笑ったりしたいんだ。



少しわたしも落ち着いて、
抱きしめながらそれを伝えたけど、
伝わったかなぁ。



公園でかくれんぼして、そのあと会社に向かいましたが、

魚の骨がノドに引っかかるように、

なんだか後味は悪いものですよね。


もしかしたら、
少しでも遊びに連れていってあげたいと思うのも、
わたしの勝手な良かれと思ってるだけの思い込みなのかもしれないなぁ。


今日はお風呂で、
いつもより力をこめて、

ぎゅうぎゅうしてみますね。