なんとかしたいらしい。

最近、教育関連のコラムや就活の際にも、
問題解決能力、コミュニケーション能力という類の言葉を目にします。


なんとなく皆同じ価値観を共有していた時代は
みなまで言わなくとも分かり合え、
共通の言葉が多かったのでしょうが、

今のように世界が近くなり、
違いを前提として、
正解が何かも簡単には導きだせない事情を反映してのものでしょうねぇ。


確かに、
わたし自身の幼い頃のことは、もう定かな記憶にもありませんが、

学校でも、いいこと、悪いことの善悪はびしっと教えられ、
そこに反発する余地もなく、

いけないことはいけない
と叱られていたように思います。

理屈じゃないんだ、のような。


最近は、保育園でも幼稚園でも、よく問いかけられています。


どうしたかったの?
どうすればいいと思う?
どんな気持ちだと思う?
次はどうしよう?

そのせいなのか、おかげなのか、
寝るときに昔話を読むと、

楽しく盛り上がります。

特に、ヘンゼルとグレーテル。

兄と妹の話だから余計に。


家にたどりついても、
また森に捨てられてしまうよねえ、

ふたりは早く家を出た方がいいんだ、

お菓子の家に住むほうがいいのかな、
お菓子が食べ尽くしたら別のところを探さなくちゃ、

などと、兄と妹でなんとか解決を探りながら、眠りに落ちています。笑


オトナになって、物語の受け止め方が変わるのは当たり前のこととはいえ、
子どものころ、お菓子の家で夢物語のように思っていたのに

いまでは、
子どもを森に置き去りにする、
それも2度も!を黙認する父親に憤慨しながら読んでおります。笑