よしっと、再び。


久しぶりの更新です。

熊本地震があり、取材に行くなかで、
誰に向かって、どんな言葉を発信するのか、迷うこともありました。

すぐに、ブログも書けなかったです。



家がどうなったかわからない、
お腹がすいている、、、発生当初、そういった話をたくさん避難所でうかがうだけに、

東京に戻るときには、とかく自分を罰するようなきもちになります。

わたしは日常に戻っていく、、、。


最も無力に感じるときです。

無力であることは重々承知のうえで、今回、人に救われることがたくさんありました。

すでに報道されていますが、子どもたちの避難所でのボランティア活動には、目をみはるものがあります。

もともと、大人たちが地域や学校のために、何か持ってる力を出し合う土壌があるそう。

その姿を自然に見てきた子どもたちが、自分たちも被災し、避難しながらも、できることはやる、と

受付したり、配膳や掃除や、よく動いているのです。

大変なときに、自分の役割を作っていく。
そんなこと、わたしにできるのだろうか、、、。
人としての在り方のギフトをもらってます。


伝え手は、伝えることが仕事ですが、人の命が関わる場面では、もちろん、無力感にとらわれることもあります。


そういう空気が出てしまったのか、取材しながら、中高生たちが駆け寄ってきて、伝えてくれてありがとうございます、と声をかけてくれたことがありました。

膝から崩れそうでした。


気を遣わせて申し訳ないなと思うとともに。


生活再建に向けて、現実と向き合いながら、少しずつ、進み始めていくときに、


これからも、節目節目に、熊本の状況を伝えたいと思っています。

伝えることしかできないけど、せめて全身全霊で。

またしても、当たり前の毎日が、当たり前ではないことを知ります。


今日も、やり切りましょうね。