ピンクいろ。







乳がんの早期発見のために健診を啓発する、ピンクリボン運動月間ですね。

1日の夜は、お台場もピンクに染まっていました。
社屋も、パレットタウンの観覧車も。



最近では、小林麻央さんの勇気あるブログ開設で、小さなお子さんを抱えての闘病生活のありように、正座するような気持ちで読んでいます。


麻央さんは、ずっと以前に、メイク室でお見かけしたことがあるくらいで、わたしが何かを語るのは憚られますが、


母であり、妻であり、ひとりの個として、生きることを最大限言葉にしてくださっているひとつひとつに、深く感じ入ることが度々です。



わたしの母も、わたしが小学生の頃乳がんになり、幸いにも早期だったものの、全摘手術をしました。1年、3年、5年と、節目ごとに、家族が、とくにわたしの祖母が胸を撫で下ろしている様子を、幼心に感じていました。


変わってあげたかった、と気丈な祖母が涙ぐんだ姿を見たときに、まだ幼過ぎて、そんなものなのかなぁと漠と受け止めたのを覚えています。



よくわからなかったものの、確かに、母が大病をしたことで、家族の誰もに、ある種の緊張感がありました。

心配をさせてはいけない。なるたけ、力になるんだ。


そんな空気を変えたのは、母自身。

もうおっぱいはあげ終わってるから、命が大事とあっけらかんと退院してきた母に、その人の核となるものを教わった気がしています。

傷が痛いから重いもの持つのを手伝って、と言われたくらいで、あとは甘え、時に口答えし、娘としていさせてくれたのだと思います。

いま思うと、もっといたわりようがあったなぁ。

病気を忘れることはないけれど、忘れたように日常を過ごしてこられたことは、ひとえに母の前向きさのおかげだったように思います。


今や、ピンクというと、林家パー子さん並みにピンクを愛する娘の専売特許のようになっている我が家ですが、
今月は、ピンクに込められた意味を話す機会を作ってみたいです。