師弟、なんて

いまどき ますます聞かれなくなってきた
あらゆる世界で かつては あった関係だけど 

今週 ある人の訃報が届いた

加藤修甫(かとう しゅうほ)さん

元JRA調教師だ

彼も当時は 調教師として 
弟子にあたる「所属騎手」を持った それが

中舘英二騎手

今の彼を見れば すっかりベテランだが(47歳)
デビュー当初は 丸刈り頭の
…マルコメ君というあだ名がピッタリの 少年だった

そんな師弟が 巡り合った馬がいた
アサヒエンペラー

確かデビュー3年目だった 中舘は
この馬と快進撃
そして 三冠レースへのステップ
弥生賞に1番人気で出走

しかし
大事に乗りすぎたか

スローペースを後方待機
追い上げたが 間に合わず 4着

こんな乗り方じゃダメだ
ベテランに替えろ
そんな声がワンサカ聞こえたが

師匠は 愛弟子を降ろさない

本番の皐月賞も 3番人気の支持
馬もそれが分かってたわけじゃなかろうが 
3着
そしてダービーの前に NHK杯
当時は5着までに入れはダービー出走権利が得られる G2戦
1番人気の中舘とアサヒエンペラーは またも敗れ

ダービーも勝てず

馬よりも騎手に敗因を求める声は この春シーズンが終わるまで止まず
3冠目の菊花賞へは ベテランにチェンジとなった

〜結果的には 脚の不安などもあり
菊花賞は出られず その後もG1は勝てず引退

「ここまでこられたのは先生のバックアップがあったから。
本当の親より長く接してきたし身を切られる思いです。」

訃報に接して 中舘騎手のコメントが載っていた

その後 加藤師は アイネスフウジンという馬と出会い
当時乗り数に恵まれていなかった 中野栄治騎手を配し
ダービーをレコードタイムで優勝

馬もさることながら 人とのつながりが思い浮かぶ人であった

と、競馬を見始めて30年目になるらしい、人の、つぶやきでした。