巨星、堕つ

(この時代の馬は 語っちゃうよ)

彼は 少なくとも僕にとっては
偉大な馬でした 
そして 文字通り 大きく見えた馬でした


ダイナガリバー 死す


いまから 26年前の ダービー馬

決して大柄な馬ではなかったのに
顔の ド派手な鼻白が 
そのまま 馬体を大きく見せているようで 

そして 明るめの 鹿毛(かげ)の馬体
きれいに見えたものだった

3歳の 早春
共同通信杯 マウントニゾン以下を退け
いざクラシックへ

(この馬、いくつか前に書いた「アサヒエンペラー」と同じ世代である)

しかし雪で スプリングステークスが延期 
結局 ぶっつけで 皐月賞
人気にはなったが 大敗
勝ったのは 同じ勝負服「社台」の ダイナコスモス
鞍上は 岡部幸雄だった

そして 大一番の ダービー
先行グループから 増沢末夫 のムチに応え
内で追いすがる グランパズドリームに 先着

これが「社台」初めての ダービー優勝

秋のトライアルは 「上り馬」レジェンドテイオーに
逃げ切られるなどして

菊花賞

ラストは緑の帽子の騎手ふたり 追い比べ
増沢ダイナガリバーか 村本メジロデュレンか

ダイナガリバー 2冠… は成らず

しかし圧巻は 有馬記念

1番人気の 年上 ミホシンザンを破り 
ゴール前追い込む 同じ「社台」の先輩
ギャロップダイナも かなわず

3歳にして クラシックと 有馬記念を勝つことが
どれだけ偉業かは のちの馬たちが示す通り

レース後「口取り」=優勝記念写真では 
「社台の総帥」と呼ばれた 故吉田善哉氏が 
1着2着の馬の引き綱を 両手につかんで

今の「社台」の 序章のようなシーンだった


…引退したあと 
何度も見に行ったな…

テレビで見た あの鼻白を 
彼は おとなしく撫でさせてくれた 

そうそう こんな話も

彼が生まれた春 当時の名調教師 境勝太郎さんが
「サクラ」のオーナーと 牧場でこの馬を見た 
オーナーは のちのダイナガリバーを気に入ったが 
境さんは

「こんな馬は走りません」。

顔も 理由の一つだったらしいが
オーナーは ならば、と購入を断念

結局同じ世代で 「サクラ」の冠名がつく馬は
ダービー出走すら 一頭もなかった

そののち 境さんは
「あの馬は 松山吉三郎厩舎に行ったから
活躍したんです」と 言ったとか

境さんも 鬼籍に入って久しい 
今頃 遅れてきた ダイナガリバーに
どんな評価を しているだろうか